四季の森空間blog

------

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

20140329

第139参友会は絶好の天候のもと小幡郷GCで行われた。

san1.jpg




梅の咲き誇る中で、何時にもまして軽妙洒脱な安田会長の挨拶。

san2.jpg




やる気まんまんの参加者

san3.jpg
  



優勝の衛藤さん

DSCF3333.jpg




準優勝の江藤さん

DSCF3335.jpg



3位の嶋崎さん

DSCF3336.jpg


ベスグロは、又しても、森本さん (40、42の82)




以下、プレーの合間にゴルフ場の風景を撮ってみました。

DSCF3324.jpg


DSCF3325.jpg


DSCF3326.jpg


DSCF3328.jpg


DSCF3329.jpg


DSCF3330.jpg


DSCF3331.jpg


→ この頁の最初に戻る
→ HPの最初に戻る


*************************
スポンサーサイト

20140324

第7回歩こう会

東武東上線が新河岸川の駅で事故があったため、当初の予定から10分ほど遅れてのスタートとなった。
今回は「高麗川ふるさと遊歩道」を北坂戸から城山まで歩いた。
おまけとして「新しき村」にも少し立寄った。

北坂戸で降りて、西口からURの北坂戸団地を左に見ながら1kmほど歩くと、高麗川に出会う。ここが
今回のスタート地点である。

奥武蔵グリーンの苅場坂峠(かばさかとうげ)を水源とする高麗川は、飯能、日高、毛呂山と流れて来て
坂戸で越辺川(おっぺがわ)に合流する全長41kmの一級河川である。かって高句麗の亡命者を多く受
け入れた高麗郡(日高市)を流れることから「高麗川」の名前がついた。日高市の巾着田付近では500
万本の曼珠沙華が咲き誇ることでも知られている。

DSC06841.jpg





ここから関越道を潜るまではフラワーラインと呼ばれる遊歩道で、桜は蕾を膨らせては居たがまだ開花は
していない。
それでもからし菜が油菜に似た花を咲かせている。

DSC06842.jpg




関越道を越えると浅羽地区である。

今回の「歩こう会」のルートは坂戸市が整備した「高麗川ふるさと遊歩道」の上りルートを北坂戸駅から
武州長瀬駅までの約13kmを歩くものである。この辺り一帯は平安時代後期から鎌倉・室町時代にかけ
ていわゆる武蔵七党が跋扈した地域で歴史の史跡も数多い場所でもある。


木々は柳が葉をつけ始めててはいるが、その他はまだ丸裸同然である。

DSC06843.jpg



武蔵七党とは平安後期から鎌倉・室町の頃、武蔵国を中心に下野、上野、相模国まで勢力を伸ばした同族
的武士団である。《横山党(八王子付近)、児玉党(本庄、児玉、入西(にっさい)、入間郡、秩父、上
野国)、 猪俣党(美里付近)、村山党(入間川付近)、野与党(のよとう)加須付近)、丹党(たんと
う)入間郡、秩父郡、児玉郡西部)、西党 (武蔵野国西部、多摩川流域)、綴党(つづきとう)(都筑郡)
私市党(きさいとう)(騎西付近)》


遊歩道から河川敷に入り浅羽ビオトープに入る。
(biotopeは、生物群集の生息空間である。柳瀬川の清瀬上水場にも小規模なものがある)


この浅羽ビオトープにはこんな生物がいるらしい。

DSC06844.jpg
  


DSC06845.jpg




カワセミ、キレンジャク、ヒレンジャクなどを狙って巨大な望遠カメラが何台も砲列を敷いている。

DSC06846.jpg


如何せん、わがレフレスカメラでは捉えようがない。

この写真のどこかにキレンジャクがいるらしいのですが、わかりますかな?

DSC06848.jpg



浅羽城(あさば)別名(萱方城(かやがた)は坂戸市鶴舞1丁目に城址が残っている。

遊歩道が関越道を越え万年橋に至る右岸一体が浅羽氏の領地である。浅羽城址は鶴舞運動公園と生
越線の中間地点にある。浅羽氏は武蔵七党の最大勢力の児玉党の一族で鎌倉時代の御家人であった。
後に北条氏照の家臣となり秀吉の北条攻めで落城し、浅羽城は廃城となった。





紫ダイコン

DSC06849.jpg



沈下橋(ちんかばし)
四万十川の大規模なものが有名だが、全国各地にもある。
埼玉県ではこの越辺川のものが知られている。

DSC06851.jpg


DSC06855.jpg




大鷭(オオバン)
鴨よりも一回り小さく、鴉のように全身は真っ黒だが嘴だけが黄色い。

DSC06852.jpg



この沈下橋で一休み。

DSC06854.jpg


やっと生越線までたどり着いた。

DSC06856.jpg


多和目天神橋

これも沈下橋である。これを渡って左岸に出る。

DSC06857.jpg


今回の参加者

DSC06859.jpg



DSC06861.jpg



多和目(たわめ)又は田波目城は城山とも呼ばれる。埼玉県坂戸市多和目にあり、
宿谷(しゅくや)氏が治めたらしい。

宿谷は毛呂山の名所の一つである宿谷の滝でも知られているが、その滝は「さい
たまGC」の西の鎌北湖の南東にある。

宿谷氏はその宿谷行俊を始祖とする豪族で、入間郡毛呂山町葛貫(つづらぬき)
に鎌倉時代に館を築城した。葛貫は「新しき村」の辺りの地名でもある。この
城も秀吉の関東攻めで落城した。

→この毛呂山近辺では他に武蔵高取山城、武蔵龍谷山城、武蔵毛呂山城がある。

ここから城山(標高113m)へ向かっての登りとなる。



坂の途中、こんな立札がある。

DSC06862.jpg


城山の頂上には多和目城址がある。
配水場のフェンスの脇に申し訳程度の標識があるだけだ。

DSC06863.jpg



DSC06866.jpg



城山を降りて「新しき村」へ向かう。


DSC06867.jpg


★ 新しき村 
武者小路実篤が理想郷を目指して1918年(大正7年)に宮崎県に設立した。
その後1938年にダム建設のために農地が水没し、一部が埼玉に移転し、残
った農地は「日向新しき村」として存続している。

Wikipediaによると、2006年の村内生活者は23人、村外会員は約200
人ほどで、高齢化が進み農業収入も低迷していて、村の運営に困難が増している。

 → 村の精神として実篤が理想とした事柄が掲げられている。
   一、全世界の人間が天命を全うし各個人の内にすむ自我を完全に成長さ
     せることを理想とする

   一、その為に、自己を生かす為に他人の自我を害してはいけない。

   一、その為に自己を正しく生かすようにする。自分の快楽,幸福、自由
     の為に、他人の天命と正しき要求を害してはいけない。

一、全世界の人間が我らと同一の精神を持ち、同一の生活方法をとるこ
     とで、全世界の人間が同じく義務を果たせ、自由を楽しみ、正しく
     生きられ、天命(個性をふくむ)を全うすることが出来る道を歩く
     ように心がける。

   一、かくの如き生活をしようとするもの、かくの如き生活の可能を信じ、
     それを全世界の人が実行することを祈るもの、又は切に望む者、そ
     れは新しき村の会員である。我等の兄弟姉妹である。

一、されば我等は国と国との争い、階級と階級との争いをせずに、正し
     き生活にすべての人が入ることによって、入ろうとすることによっ
     て、それ等の人が本当に協力することによって、我等の欲する世界
     が来ることを信じ、又その為に骨折るものである。



DSC06868.jpg



太陽電池パネルがあちらこちらに設置されている。

DSC06869.jpg




DSC06870.jpg





どの梅の木も満開である。

DSC06871.jpg



この前の大雪で枝が折れたものも見受けられる。

DSC06872.jpg





大愛堂
 
DSC06873.jpg


 
新しき村らしい掲示が見られる。

DSC06874.jpg



あいにく武者小路実篤記念新しき村美術館は月曜閉館だった。

DSC06876.jpg





案内図

DSC06878.jpg



生活文化館に入ってみる。

実篤の覚書がかかっている。

DSC06879.jpg



館内には沢山の絵画が飾られている。

実篤の詩

DSC06880.jpg


生活館内部

DSC06881.jpg


絵は渡辺修渡舟(わたなべおさむとしゅう)の絵が多い。
渡舟は1935年生まれの実篤の弟子である。

DSC06882.jpg



DSC06883.jpg



DSC06884.jpg



DSC06885.jpg



DSC06886.jpg



DSC06887.jpg



DSC06889.jpg






この「新しき村」と並列には言えないだろうが、類似の共同体には次のようなものがある。

★ 日本のキブツ(八ケ岳アルパカ牧場) 

  敬虔なキリスト教の団体が、イスラエルのキブツの思想にあこがれて小さい
  ながらもこのキブツを作り、牛や馬、羊などを飼い、野菜、果物を作り、自
  給自足、販売もしている共同体が長野県諏訪郡富士見町立沢2213(諏訪
  南IC近く)にある。現在は八ケ岳アルパカ牧場として富士見町の公式HP
  にも掲載されている。



★ ヤマギシ会 “ヤマギシの卵♪”などとトラックでニュータウンにも一時売
  りに来ていましたあの「ヤマギシ会」です。 正式には「幸福会ヤマギシ会」
  という。
  Wikipediaによると「1953年(昭和28年)、山岸巳代蔵(みよぞ
  う)の提唱する理念の社会活動実践母体「山岸式養鶏会」として発足、後に
  「山岸会」に改名、1995年(平成7年)に名称を「幸福会ヤマギシ会」と変
   更。 所有の概念を全否定し、「無所有一体」の生活を信条としている。

  → 全国に26の施設があり、1,500人が共同生活を営んでいる。海外
   にも6か所の社会実顕地がある。過去には1959年に三重の山岸会で監禁
   して思想教育をしたとして9人が逮捕され1961年に禁固1年~10カ月、
   執行猶予2年の判決を出した所謂「山岸事件」(山岸巳代蔵は起訴猶予)
   を起こしている。

  →  近くでは深谷市に岡部実顕地がある。

  → 「強制なき労働」「すべての人が幸福である社会」「無所有・共用・共
    活」「研鑽会」「集団催眠」「解離状態」「全人一体」「零位」「私
    有財産無」「私意尊重公意行」「適期作業」 などの言葉がこの会を
    説明するのに用いられる。 ややオカルト的集団催眠の傾向があるの
    ではないかと思われる。警察はオームの件に反省しこの集団を注視し
    た。
    
★ アーミッシュ(Amish) 米国ペンシルベニアやカナダオンタリオで移民
  当時の生活様式を保持し、農耕や牧畜によって自給自足生活をしている宗
  教集団。



新しき村を後にして生越線の武州長瀬駅へ最後のウオーキングである。
途中、春の花が咲いていた。


犬のふぐり

DSC06890.jpg



仏の座

hotokenoza.jpg



→ この頁の最初に戻る
→ HPの最初に戻る

**********


20140312

第6回 歩こう会

→ 大きな画面は右にスクロールしてご覧ください。

14.3.12久しぶりの春日和のもと、柳瀬川堤防を遡上して観梅ハイキングを楽しんだ。


柳瀬川右岸を志木ニュータウンから所沢方面に歩いて行くと、まず川越街道(国道256)が横切っていて
その橋の下を潜ってなおも進むと左手に東京都の浄水場がある。

堤防の茂みの中から雉が出てきて、そそくさとまた茂みに隠れた。

no6ark01.jpg



浄水場のそばには、申し訳程度の「ビオトープ」が設けられていて、白鷺が小魚を狙っていた。

no6ark02.jpg




関越自動車道を通り過ぎると清瀬である。
ここで城前橋を渡って左岸に渡る。その橋の上から下流を眺める。

no6ark03.jpg


川の中では、鯉が恋の季節を迎えて盛んにバシャバシャとやっていた。

no6ark04.jpg





この橋を渡って東所沢地区に入り、武蔵野線のガードしたをくぐらないで左折して200m程も行くと、今日の
メインである枝垂れ梅が咲き誇る民家に到着する。

暫くはこの見事な梅をご覧頂きたい。

no6ark05.jpg




no6ark06.jpg




no6ark07.jpg




no6ark08.jpg




no6ark09.jpg




黄色い花もある。

no6ark10.jpg





no6ark11.jpg





no6ark12.jpg




今日の参加者は8名である。

no6ark13.jpg



梅を堪能したあと、清瀬金山緑地公園へ向かう。
この公園は柳瀬川の左岸にあり、この部分だけが東京都清瀬に属する。
亀が暖かさにつられたのだろう、泳ぎだしていた。俳句では「亀が鳴く」という妙な季語がある。

no6ark14.jpg



ここはカワセミが飛来することで知られていて、沢山の望遠カメラの列があるところだが、今はカワセミは
もっと上流に移ったとかで、今日はカメラは少ない。

no6ark15.jpg





サンシュが黄色い花をつけ始めていた。
エミュウというパン屋で昼食のパンを買い、ここで昼食とする。

no6ark16.jpg



更に川を遡り小金井街道の橋まで行って、そこから右岸に渡って柳瀬川を下って行った。
紅梅が芳香を放っていた。

no6ark17.jpg




「犬のふぐり」が小さな青い花をつけていた。

no6ark18.jpg


金山公園のカワセミがここに移動したのだろう、巨大な望遠カメラが川の一点を凝視していた。

no6ark19.jpg



みごとなサンシュの木

no6ark20.jpg



帰路に滝の城址公園の梅園に寄った。

no6ark21.jpg



ここの紅梅も見事である。

no6ark22.jpg



すぐ傍を関越自動車道が通っている。

no6ark23.jpg



no6ark24.jpg

以前歩こう会でこの城址を訪れたが、この滝の城の名前は滝が流れていたことから付いた名前で、正式には
本郷城である。この城は八王子城の北条氏照の支城であり、大石氏が納めていたが、天正18年(1590年)
の秀吉の小田原攻めの際、八王子城とともに落城して以降廃城となっている。


******** 終り *******


→ この頁の最初に戻る
→ HPの最初に戻る

20140301

Windows8.1の完全シャットダウン

Windows 8.1にしてからマウスの操作が不安定なった。デスクトップで目的とする
アイコンが選定できなくなったり、選定していないのに前の操作で選定したアイコン
が選定状態になって作業ができなくなる現象が起きて困っていた。フォルダーを開い
てファイルを選定する場合も同様な現象が生じていた。

マイクロソフト社に上記現象について問い合わせたところ、「高速スタートアップ」
機能が影響しているかも知れないので、この機能を無効にしてみるよう指示があった。
結果から言うと、これだけでは現象は改善されなかった。

Windows 8.1は既定で高速スタートアップが有効になっているのでシャットダウン
時にシステム情報をファイルに保存してパソコンの電源が切れます。次にパソコンの
電源を入れると、再起動するのではなく、そのシステム情報を使って再開するのです
ばやく起動できるのだそうだが、その機能の無効化の手順はこうだ。

[Windows]キー + [X]→ [電源オプション]→[電源ボタン動作の選択]→
[現在利用可能でない設定を変更します]→[高速スタートアップを有効にする]のチェ
ックをオフにして[変更の保存]とする。

こうしておいて、[Windows]キー + [C]→ [設定]で設定メニューを表示し→
[電源]→[Shift]キー + [再起動]→ [オプションの選択]→[パソコンの電源を切
る]で完全シャットダウンとなる。

一時的に「高速スタートアップ」機能を無効にして完全シャットダウンするには、
[Shift]キー + [シャットダウン]をクリックする。
([シャットダウン]は[Windows]キー + [C]チャーム→設定→電源から出す)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

マイクロソフト社によると、「高速スタートアップ」機能の無効や完全シャットダウ
ンでもマウスの誤動作が継続するなら干渉の影響が考えられので
この[常駐プログラム]を無効化して、最少の基本構成のみでWin8.1を起動すること
で動作に異常がないか確認し、その後常駐プログラムを一つづつ有効にしながら、ど
のプログラムを有効にしたときに異常が発生するかを確認して対処するしかないとの
事である。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。